Messageメッセージ
僕は、生まれつき「網膜色素変性症」という難病におかされています。
この病気は網膜に異常がみられる遺伝性の病気で、夜盲、視野の狭窄、視力低下といった症状が数年から数十年かけて徐々に進行してゆく病気です。中途失明の3大原因の一つと言われており、やがて光を失います。
この病気のために、小学生の時には紫外線が当たると黒くなるメガネをし、中学校の屋外授業ではオレンジ色のサングラスのようなものをメガネにつけたりしていました。
そのせいで、これまで数百人という人に馬鹿にされたりもしてきました。
必要とされていない感じ、答えのない苦しみと向き合いながら頑張ることの意味を失い、挫折を味わうこともありました。
それでも、様々な出会いを経て、良いことも悪いことも様々な気付きを得て、今では年間100以上の勉強会や講演会、イベント等を手掛けながら会社を経営するまでに至りました。
そんな私の経験や、今に至るまでのプロセスを、そして何より「どんな人だって働ける。社会と繋がれる。大丈夫。」というメッセージを、たくさんの方に届けたいという思いからこのサイトを開設しました。
このサイトや講演会を通じ、未だ課題の多い障がい者雇用の在り方や、その多様性を、企業と障がい者の皆様に発信してゆきたいと考えています。
Profileプロフィール

成澤 俊輔(なりさわ しゅんすけ)
1985年佐賀県生まれ。埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉学科卒。
3歳の時に網膜色素変性症という難病であると診断される。
この病気は網膜に異常がみられる遺伝性・進行性の病気であり、現在では辛うじて光を感じることができるほどの視力しかない。
自身の障がい以外にも姉の小児がんによる死別や、海外渡航経験、普通学校での教育の壁、7年間にわたる大学での苦悩など、様々な社会的課題に遭遇。
大学在籍時からの経営コンサルティング会社での勤務や独立を経験し、2011年12月に障がい者雇用で経済産業省など様々な官公庁などからも表彰される優良IT企業「アイエスエフネットグループ」へ参画。
現在は、障がい者や、うつ、ひきこもり支援を行う活動を展開。「世界で一番明るい視覚障がい者」というキャッチコピーで講演活動を全国で実施している。
Background経歴
1985年 | 佐賀県佐賀市に生まれる。 |
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1987年 | 2歳の時に姉を小児がんで亡くす。 |
1988年 | 3歳の時に家族で夜間花火をしている時に花火の燃えカスをバケツに入れられず、夜盲の症状があると両親が気づき特定疾患(難病)網膜色素変性症と診断される。 |
1989年 | アメリカのミシガンで過ごす。 |
1991年 | 佐賀市立兵庫小学校に入学、のちに佐賀市立新営小学校に転校。 |
1997年 | 佐賀市立昭栄中学校入学。 |
1998年 | 産業医科大学附属病院高橋広先生(現在北九州市立療育医療センター眼科長)に出会う。 |
2000年 | 佐賀県立佐賀西高等学校入学。 |
2003年 | 埼玉県立大学 保健医療福祉学部社会福祉学科に開学以来初の障がいをもつ学生として入学。 |
2009年 | 4月、株式会社ジェイブレインに新卒社員として入社。7月末、病状の急激な悪化により退職。 9月、東京都視覚障がい者生活支援センターにて生活訓練をスタートさせる。 |
2018年 | 生涯キャリア支援協会主催キャリアコンサルタント更新技能講習を担当。 |